高田屋嘉兵衛と平清盛ゆかりの地をめぐる(2018.12.05・水)

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高田屋嘉兵衛に関わる事で、北前船寄港地「兵庫津」が日本遺産認定を受けました。
今回その認定を受けた3ヶ所を巡ります。

先日、兵庫津 JAZZ Live(2018.11.03・土)での終盤、
キャナルガーデン会場へ向かう所で、
山友のトマトさんと鉢合わせしました。
ライブを一緒に聴いたあと、中座し、
久し振りなのでイオンモール3階へ上がり、餃子で寛ぐ事に。
その時、上記タイトルのウォーキングを申し込むので、
一緒に行きませんか?と誘われた訳です。
私もブログネタが無く、渡りに船でした^^。

 で、メールで届いたその案内です↓
12月5日(水)新開地駅(神戸高速線)西改札口13:00集合・出発
 コース
高田屋嘉兵衛記念館〜高田屋嘉兵衛本店の地記念碑〜高田屋嘉兵衛献上燈籠(西出町鎮守稲荷神社)〜来迎寺〜札場の辻後〜八王寺〜新開地  
約3時間 4.8km
先着20名 申し込み締め切り11月15日
主催は兵庫ボランティア(神戸市兵庫区)

以上の内容で、主催者側の電話番号まで明記していた。

兵庫津(現在の兵庫港周辺)と高田屋嘉兵衛に関する事がメインで、道中にある平清盛に繋がる七宮神社等に立ち寄り、平安時代の築港に関する話も出て来ます。
集合場所で、表紙を含む64ページからなる小冊子を頂いた。
その引用と当日の説明、更にネット検索も加えて説明していきます。
その小冊子には「ハートンと歩こう!ひょうごの道」とある。
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ハートンは兵庫区のマスコットで冒頭の写真がそれです。
これは新川運河の大輪田水門に描かれているもので、以前の散歩で撮影していた。

 前置きは以上です。


自宅での昼食だと13:00に間に合わないので、
午前中に新開地で食事をとり、12:50に集合場所へ。
すると、十数名集合している中にトマトさんが居て、
ケイタイで誰かに電話しています。
私と目線が合い、「来ました!来ました!」と言ってます。
私の家に電話して、家内と話していた模様^^)
(トマトさん他、高齢の男女が山友であることは家内も知っている。)
実のところ、私はケイタイを携帯していない^^;
12時半頃食事が終ったが、そんなに早く行く必要は無く、
新開地商店街をブラブラしていた^^。

申し込みは20名あったそうだが、
締め切り後にキャンセルがあり17名の参加。
説明されるボランティアの方と案内スタッフが加わり、総勢19名。
そのスタッフによる、コース説明と資料配布ののち、13:00出発。

地上に出て、新開地商店街を南下する。
コースを示す地図も頂いたが、紫の2番です。
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地図では駅の東口がスタートになっているが、
人の少ない西改札口を集合場所にしたみたいです。

道中公衆トイレが無く、神戸アートビレッジセンターでトイレタイム。
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右は商店街の南端にある「BIGMANゲート」です。
何処の何方と表示がないが、
スタッフが「チャップリンです」と言ってます。

JRの高架を潜り、国道2号を渡って真っすぐ行くと、
東出町公園の手前に松尾稲荷神社がある。
お目当てはこれです。
誰が描いたのか、手書きの案内表示がGood!
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下町!の雰囲気ですが、地元による初詣客も多いとか。
入って、まず目を惹くのはピカピカの新しいビリケンさんで、
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神戸・北野坂にあったものを、今年ここへ持って来たそうな。

狭い神社に入ると、参加者にはもう必要の無い?
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「恋みくじ」がある。

世界のビリケンさんが写真で紹介されています。
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アメリカ、ドイツ、日本が主で、イギリスに中国も混じっている。

で、これが日本最古のビリケンさん!
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皆さんお参りして、写真を撮ります。
木像と言う事ですが、年代不詳で大黒天風のデザイン。

 通天閣公認ビリケン事務局によると↓
ビリケンさんは通天閣観光が所有する資料によると、誕生は1908(明治41)年。作者は米国の女性芸術家、フローレンス・プリッツ(E・I・ホースマン)、当時の大統領のウィリアム・ハワード・タフトのウィリアムの愛称「ビリー」に、小さいを表す接尾語「-ken」を加えたのが名前の由来とされる。しかし、異論も多数。当時の認識では、足を突き出す座り方はアフリカ人、顔立ちは東洋人がモデルで、足の裏をかいて笑えば願いがかなう福の神とされた。日本への輸入は明治42年から翌年にかけて。家内和合、商売繁盛の神として日本中の花街を中心に流行したという。
初代ビリケンさんが大阪に登場したのは明治45(1912)年。新世界に通天閣とともに開業した遊園地「ルナパーク」にあったホワイトタワー内に設けられた「ビリケン堂」で展示されていた。ルナパークが閉鎖され、それ以降ビリケン像は行方不明になり、昭和54年に二代目ビリケンが登場している。

 追記)
行方不明のビリケンは未だ発見されず、焼失した可能性もある。
二代目ビリケンは2016年に引退し、現在通天閣にあるのは2012年に登場した三代目ビリケンで、像内には金のビリケン(ビリ金)さんが納められ、腹ごもりの像となっている^^)


神社を出て、サカヱ薬局跡地(ダイエー発祥の地)の前を通るが、
フェンスに覆われ、憐れな姿でした。

次は高田屋嘉兵衛資料館の「まちなか俱楽部」
「兵庫津 JAZZ Live(2018.11.03・土)」の終盤で「岡方俱楽部」を紹介したが、この辺りは俱楽部と名の付く資料館が多いのか。
開館しているのは、水曜日13:00~15:00と言う事でやって来た。
平成13年に地域の歴史資料館として開館し、神戸みなとの祭りのポスターや兵庫津絵図なども展示している。
資料館の方が高田屋嘉兵衛の生い立ちや業績などについて説明してくれました。
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そこから直ぐ、高田屋嘉兵衛本店跡に建てられた石碑。
これが北前船寄港地「兵庫津」日本遺産認定の一個目。
石碑の横にあるその説明です。
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右に日本遺産認定の幟を合成した。

 高田屋嘉兵衛について↓
嘉兵衛は江戸時代後期の廻船業者で海商。
淡路島で生まれ、兵庫津に出て船乗りとなる。
後に廻船商人として蝦夷地・箱館(函館)に進出し、国後島・択捉島間の航路を開拓した。
商人であった嘉兵衛は33歳の時、幕府から「蝦夷地定雇船頭」を任じられ、苗字帯刀を許される。
いわば、商人から公務員に昇格した事になる。
文化3年(1806年)には大坂町奉行から蝦夷地産物売捌方を命じられ、漁場を次々開拓、蝦夷地経営で「高田屋」は巨万の富を築く。
ゴローニン事件でカムチャツカに連行されるが、日露交渉の間に立ち、事件を解決へ導いた。
北方領土交渉の為、嘉兵衛さんに蘇って欲しい!
(一部ウィキ引用)

東出町から国道を陸橋で渡って西出町へ向かう。
国道沿いにある鎮守稲荷神社です。
来た目的は、二つ目の日本遺産認定の品があるからです。
それは高田屋嘉兵衛献上の灯籠で、
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下はその説明書き。
すでに引退して淡路に居た嘉兵衛だが、文政7年(1824年)海上の安全を願って献上したとある。
もう一つの目的はここのピリケンさんを見る為。
何故「ビ」じゃなく「ピ」なのか?
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説明書きには「寄木作りの体内からピリケン菩薩と書かれた小石が出てきた。」とあり、
その文字を書いた人がビをピと書き間違えたのか^^。
そのビリケンさんは米国生まれである事も書かれている。

鍵をかけられた堂内にあり、
普段はガラス越しにしか見る事が出来ない。
連絡が届いていたのか、
係りの方がやって来てシークレットキーを開けてくれて、
中に入る事が出来ました。
これは昭和5年のものとされ、
戦前からのビリケン像は上記東出町の物と合わせ貴重で、数は少ない。
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足の裏を触って、くすぐって笑わせると良いとされる。
元々笑っていますが^^)

次に向かうのは、七宮神社。

 余談です↓
神戸には一宮から八宮まであり、それらを丸1日歩いて巡る事が出来る。
一番有名なのは神戸の中心となった三宮です。
全国展開するJRは読み間違えないようにと、
駅名をわざわざ「三ノ宮」にしている。
ところがその三宮神社は、JR「三ノ宮」の駅前に無い。
JR「元町」駅からほど近い、
神戸大丸デパート東の道路向かいにある^^)

七宮神社は生田裔神八社の一社で、主祭神である大己貴命は、大国主命、大物主神、葦原醜男、八千矛神、大国玉神、顧国王神の七つの御名を称えて七宮神社という。
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 その歴史を辿ると↓
応保元年(1161年)、経が島築造で難航した平清盛は、家臣阿波民部重能の進言を受け、社殿を造営。以後平家一族の崇敬が篤かったとある。
 この事が、高田屋嘉兵衛にも繋がる↓
寛政11年(1799年)西出町に住居していた廻船業を営む高田屋嘉兵衛は幕府の命で巨船を造り、国後島・択捉島に向うに先だち、模型船3隻を献納して海上安全を祈願した。

次に向かうのは来迎寺ですが、
その途中、新川運河にかかる築島水門でパシャリ。
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「神戸・清盛隊」は、その大河ドラマの放映に合わせて結成されたが、現在も活動を続けている。
 過去、新開地音楽祭にも登場した↓
「第15回 神戸新開地音楽祭(2015.05.09・土)」
https://21846851.at.webry.info/201505/article_2.html
この序盤辺りに出てきます。

 これ以降は、2011年に投稿した記事とダブる↓
「兵庫区歴史さんぽ道シリーズ④大輪田泊(2011.11.08)」
https://21846851.at.webry.info/201111/article_4.html
ひょうご観光ボランティアさんの案内による兵庫区歴史探訪で、今回の2倍、10kmを歩いています。

七宮神社の所で、「経が島築造で難航した平清盛」としたが、来迎寺(築島寺)には人柱として自ら身を沈めた松王丸を祀っている。
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寺伝によると、平清盛が経が島を築くとき、暴風大波のため進まず、讃岐香川領主大井民部の子、17歳になる松王丸が進んで人柱になり完成したので、松王丸の菩提を弔うために寺を建て、念仏の道場としたという(ウィキ引用)。
ところが、上記ひょうご観光ボランティアさんの説明によると、各地に松王丸伝説がある事を例に挙げ、でっち上げと断じていた。

 経が島とは↓
日宋貿易の拠点である大輪田泊(のちの兵庫津)に交易拡大の為、風雨による波浪を避ける目的で築造された人工島で、高波と強風を遮る役割を担う。
承安3年(1173年)に竣工し、広さは『平家物語』に一里三十六町とあることから、37ヘクタールと推定されているが、元祖・ポートアイランドと言える。

境内にある、松王丸の石塔と、
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右は清盛の寵愛を失い、京都・嵯峨野の祇王寺で尼となった妓王・妓女の墓とされている。
これも?で、上記記事では妓王・妓女がこの地にやってきた記録は無く、二宮、三宮という愛人と取り違えたのでは?としている。

築島水門近くに展示されている、古代大輪田泊の石椋(いわくら)へ。
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この石は昭和27年(1952年)の新川運河の拡張工事の際に松丸太の棒杭とともに出土したとされる。
石椋とは石を積み上げた防波堤や突堤の基礎のことです。
その説明と、
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ここから直ぐ、目と鼻の先の「イオンモール神戸南」。

続いて「札場の辻跡」(14:51)
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兵庫津に立ち寄る為、西国街道がくの字に曲げられていたというポイントで、以前にも紹介している。

ここまで順調に進んできたが、コース案内は16時終了の予定。
次の八王寺で終わりだが、まだ1時間ほどある。
ここから3分の旧岡方倶楽部を私が提案したが、
平日は閉まっているとの事^^;
(私はサンデー毎日^^)

で西国街道を西へ、そのまま直進して柳原蛭子神社に立ち寄る。
勝手知ったるで・・、早目に向かってパシャ!
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毎年1月9日~11日は大混雑ですが、誰もいない!
左にトマトさんが追い付いてきて、本殿。
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正月の準備はこれからでしょうけど、注連縄は新しい。
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賑わう様子はこちらで↓
「神戸新開地から柳原のえべっさんへ(2018.01.09・火)」
https://21846851.at.webry.info/201801/article_2.html

その向いが大黒様を祀る福海寺で、
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七福神の両巨頭が道路を挟んで顔を合わせている。

 福海寺HPより↓
福海寺の正式名には「福海興国禅寺」といいます。福海興国の文字は、足利 尊氏公が福海寺の前身である針が崎観音堂で命拾いされ、兵庫より出航された事が国を興す元に成ったとの感謝の念を表されたものです。
福海寺に大黒天が祀られているのも足利氏が大黒天信仰であり、大国主の子孫である賀茂氏と福海寺が深い関係があったことも由来するともいわれています。

平清盛公遺愛の時雨の松石碑。
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平清盛公遺愛の時雨の松があったが、戦火で枯れ、残った切り株も阪神大震災で無くなり、石碑だけがここに残されている。

柳原蛭子神社西の角に、「西国街道 兵庫 西惣門跡」の石柱がある。
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兵庫津への西入口がここにあった事を示している。
この辺りは兵庫津の岡方地区で、
海に近い方に南浜地区と北浜地区があった。
東にある「西国街道 兵庫 湊口惣門跡」は「兵庫津 JAZZ Live」で紹介しています。
私達はこの後ろに向かって進む。

信号を渡り、新開地駅へ向かう道路に入ると、
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直ぐ八王寺です。
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案内を受け、靴を脱いで上がります。
ここに縮尺10分の1、長さ3mの北前千石船がある。
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お寺の方の説明があり、20名の方がこの模型の周りに居ます。
人物が入らないように、この復元模型を撮影するのが至難の業でした。
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下はその説明で、クリックすると読めると思います。
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当日の目玉と言えるでしょうね。

 この復元模型を作った野田房吉について↓
人間国宝となった野田房吉氏は和船の歴史を世に遺したい一念から昭和26年「和船研究所」を設け、寝食を忘れて模型作りに捧げ尽したと言われ、その一生は利害を超越した名人気質な生き方でした。
この北前千石船は日本一船匠と称された野田房吉氏の遺作の一つです。

さて、三つ目の日本遺産認定です。
 工楽松右衛門(1743年- 1812年)は、
日本の江戸時代における発明家、実業家です。
現在の兵庫県高砂市に生まれ、兵庫津で廻船業を経営するかたわら、
帆布(松右衛門帆)を発明した(上記模型にある帆布)。
更に、築港工事法を考案して、択捉島の埠頭や箱館のドックを築造した。これらの業績により日本の海運を支えた。
工楽松右衛門の墓が境内にあり、
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これが兵庫津、三つ目の日本遺産認定となった。

 おまけ、
北前千石船復元模型の横にあった、
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涅槃の図。
この説明は無かったが。

15:35に全ての案内は終了しました。
案内スタッフと、ボランティアの方に礼を述べ、
トマトさんと二人で新開地の地下街へ。
生ビールセットで寛ぎます(15:52~)。
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この後、小エビの唐揚げを追加し、私は生ビールも追加。

次回参加できるのは、序盤で紹介した地図にあるコース1の3月14日で、他の方も誘ってみましょうとなりました。



長文記事を最後までご覧頂き、ありがとうございました



この記事へのコメント

  • イッシー

    関東の人間にはそれほどなじみがないのですが、
    大阪に面白いお地蔵さんのようなものが有るなと思ってました。日本のものじゃなかったんですね。
    当時の海運業って危険と隣り合わせだったんでしょうね。船を手に入れるのだって大金が要るでしょうし事故でも有れば全部吹っ飛んじゃうし。肝っ玉が太い人なんでしょうね高田やさんは。
    2018年12月17日 19:40
  • アルクノ

    イッシーさん、早速のコメントをありがとうございます。
    ビリケンさん神戸にやって来たのに、
    横浜には行かなかったん?^^)
    私は子供心に、変な人形!
    と思っていました^^。
    今頃、足の裏をくすぐっても遅いかも知れません。

    >当時の海運業って危険と隣り合わせ
    仰る通りです!
    引退するまで、よくぞ御無事で!
    と思います。
    七宮神社のご利益かも知れませんね。
    嘉兵衛さんは兵庫のヒーローで、壁に肖像画が書かれていたりします。
    その影響で、多くの船大工がここに住み、工楽松右衛門が手助けをしました。
    更に、大きな造船所が出来る事に繋がっていきます。
    2018年12月17日 20:15
  • きょんたん

    おはようございます。
    偶然山友さんと出会ったのですね、ブログネタゲット!それはグッドタイミングでしたね。
    えっ?アルクノさんはケイタイを携帯してないのですが、不都合は無いのでしょうか。
    ビリケンさんがアメリカ生まれと言うことは初めて知りました、あの姿が何とも言えない可愛らしくて、自然と撫でたくなりますね。
    年末年始になると神社も歩けないほど人で混み合うのでしょうね。。。
    2018年12月18日 06:39
  • koji

    おはようございます。

    高田屋嘉兵衛さんのこと、とても良い勉強になりました。
    ビリケンさんのことも(^o^)

    ボランティアのガイドがついて、パンフレットもあり歴史の勉強をしながらお散歩ができるって、いいですね!
    2018年12月18日 07:26
  • アルクノ

    きょんたんさん、おはようございます。
    ハイ、兵庫津JAZZ Live最後の演奏会場へ向かう所で、偶然トマトさんと出会いました。
    12月の予定が無かったので、ブログネタゲット!となりました
    ケイタイを携帯してない件について、
    PCメールで準備万端整えているので、特に問題は無いですね。
    例えば、集合場所にAさんが来ていない場合、BさんのケイタイからAさんに電話して確認を取ります
    今回は、トマトさんが家内に電話です
    私が集合場所に現れない事は皆無なので、信頼を得ています

    もしかして、ビリケンさんを大阪人だと思っていました?
    そう思われる方、多いでしょうね。
    私もその一人でして、結構な大人になってからこのような事を知りました。
    もし出合ったら、撫ぜ撫ぜしてあげて下さい。

    神戸の初詣は、中央区の生田神社、兵庫区の湊川神社、長田区の長田神社が混みあいます。
    この三社参りが有名で、私の様に歩いて三社参りをすると、「健脚」と言うご利益がいただけます
    2018年12月18日 07:33
  • アルクノ

    kojiさん、おはようございます。
    高田屋嘉兵衛さんについては、地元なので間違いの無いようにと思って力を入れました。
    皆さんに知って欲しいと言う気持ちも重なっています。
    ビリケンさんは大阪人ではないので、これも認識を新たにでしょうか。

    兵庫県のイベント、神戸市の催し、兵庫区による案内、私は全ての恩恵を受けています。
    特に兵庫区はマンツーマンで、正にハートン的な対応です。
    資料も頂いて、
    これが無料なんですから。
    また参加します
    2018年12月18日 07:49
  • トトパパ

    こんにちは。

    高田屋嘉兵衛と平清盛ゆかりの地巡りですか。
    これは楽しそうですね。
    私、こういった聖地巡り、大好きなんですよ。
    平清盛はいいですね。
    近いし、私も巡ってみようかな。
    2018年12月18日 09:04
  • アルクノ

    トトパパさん、こんにちは。
    平日だと人が少ないので、写真撮影にはいいと思います。
    兵庫津の関係で、兵庫区には歴史に関する事が山盛りです。
    このコースだとお昼は大輪田泊の石椋から直ぐの所にあるイオンモールがお勧め。
    橋の上の「清盛くん」も撮影ポイントです。
    兵庫港は神戸港と違って質素ですが、レトロな感じですね。
    そこで、釣りをされている方も居ますよ。
    2018年12月18日 09:59
  • クリム

    ハートン、可愛いマスコットですね。バレンタインのイベントでも活躍しそうです♡♡♡
    恋みくじ・・・私はブログのネタに、ひいてみるかもしれません(笑)
    ビリケンさん、足の裏をくすぐってみたいです

    BIGMANゲート・・・チャップリンの「シルエット」になっているのですね
    待ち合わせ場所に最適ですね。
    2018年12月18日 13:40
  • アルクノ

    クリムさん、ハートンを気に入って頂けたようですね。
    「ハートン 兵庫区マスコット」で検索するとハートンの様々な画像が出てきますよ。それらを個人的に利用するのはOK牧場みたいです
    お手製の、バレンタインチョコにするのもいいですね♪
    松尾稲荷神社での「恋みくじ」をひいてみてください。
    ハートンが出てくると大吉デス
    (ウソです^^)。

    クリムさんがビリケンさんの足の裏をくすぐると、身をよじって笑うと思います。
    メルヘンマジックが凄いんだから。

    BIGMANゲートは、実際に待ち合わせ場所に使われているんですよ。
    神戸が生んだ映画評論家、淀川長治さんは新開地で色んな映画を見ていました。
    このゲートを通る度、淀川長治さんの笑顔が思い浮かびます。
    更に、新開地音楽祭では、ここでビッグバンドの演奏があります。
    高砂BFJOを最初に聴いたのがここで、このブログ開設前2008年の事でした。
    それ以来、毎年、高砂で行われる青春チャリティーコンサートに出かけるのが楽しみになりました。
    私にとっては、「BIGBANDゲート」でもあるんです♪
    2018年12月18日 14:39
  • 藍上雄

     ビリケンの特集面白いですね。近年出でてきた神様なので、それ程の、高貴さも無く庶民的なのが良いですね。個人的には、2代目ビリケンが、良いと思います。足をなぜてご利益があると良いですね。(足の裏もかなりすり減っているようですが…。)
     後半は高田屋嘉兵衛や平清盛がごっちゃとなってなんとも…です。でも高田屋嘉兵衛は海商人でありながら、語学がすぐれていたのですね。(たたき上げの通訳…。)
     恵比寿さんと大黒さんが祀られている神社が向かい合っているのは凄いですね。そこに居るだけでお金持ちになれそうです。商人の町関西ならではかもしれませんね。
     北前千石船の模型ですが、精巧に造られていますね。
    2018年12月18日 14:49
  • すずりん♪

    今回は行ったことがないところばかりでした。
    過去のアルクノさんのブログで拝見したようなところはありましたが。
    説明を受けながらの高田屋嘉兵衛と平清盛ゆかりの地めぐり、3時間なのに充実していておもしろそうですね。それにしても64ページの冊子とは力入っていますね。
    ビリケンさんは大阪にいるものとばかり思っていましたので、こんなところに日本最古のビリケンさんがいるとは知りませんでした。アメリカ生まれなんですねぇ。
    みんな足を投げ出して座っている可愛い姿なのかなと拡大してみましたが、中には足の裏を見せていないのもいるんですね。
    さすが新開地のゲート、チャップリンなんですね。知らないで通ると気が付かないかもしれませんんね。
    2018年12月18日 17:20
  • アルクノ

    藍上雄さん、ビリケンさんを気に入って頂けましたか。
    元は彫刻作品だと思いますが、神社に祀っているのがユニークです。海外ではどんな扱いを受けているのか知りたい所です。
    西出町の鎮守稲荷神社にある、ピリケン(実はビリケン)さんは庶民的スタイルで、とても神さまとは思えないです。
    何時も鍵がかかっていて、初めて触る事が出来ました。
    通常触る事が出来ないので私達が特別扱いです。
    これ以上、足がすり減ってはいけないとの対処でしょう^^。

    高田屋嘉兵衛と平清盛が、タイトルにあるように並立していますが、七宮で繋がっていて、港で共通項がありました。
    築港した平清盛と、それを利用して北方領土にまで打って出た高田屋嘉兵衛と言う事になります。
    嘉兵衛さんは、習うより慣れろ式の語学習得だと思います。まさに、叩き上げですね。

    柳原蛭子神社のえびす様と福海寺の大黒様が対面しているのは、神社にお参りしてその足で寺院に向かう日本人を現して、これも面白いです。
    大阪は商売繁盛で、ここは漁業なんです。
    今年1月9日の宵えびすには、神戸市中央卸売市場から多くの鮮魚が奉納され、約120キロの本マグロをみこしに載せて神社周辺を練り歩き、宮入りする「まぐろ奉納神事」はいつも話題になります。

    最後、北前千石船の模型が一番いいですね。
    人間国宝野田房吉が作った模型と、工楽松右衛門が発明した帆布の合体ですから。
    2018年12月18日 17:30
  • eko

    こんにちは!
    ビリケンさんって大阪だと思っていましたがアメリカ生まれなんですね。それに兵庫区にもビリケンさんがいらっしゃるとは…。世界中にビリケンさんがいっぱいなんですね。
    北前船も知ってはいましたが、高田屋嘉兵衛さんについては初めて知りました。いい勉強になりました。
    縮尺10分の1、長さ3mの北前千石船の復元模型、精巧に造られていますね。この船で日本海を北海道まで港々に泊まりながら往復していたんですね。
    ボランティアガイドの方と案内スタッフがつき、説明してもらいながらのウォーキングは歴史や由来も理解できて良いですね。
    2018年12月18日 17:32
  • アルクノ

    すずりん♪さんが行っていない所ばかりでしたか。
    名所と言うより穴場かもしれません。
    15:35に全ての案内は終了したので、実質2時間半ですが中身が濃くて充実していました。
    64ページの冊子は色々載っていて、これから勉強しようと思っています。
    ブログネタに利用できるかもしれません!

    今大阪にあるビリケンさんは昭和50年代のものですからね。
    日本最古のビリケンさんは足腰が弱っていて、頭しか触る事が出来ないんです。
    昭和5年のピリケン(実はビリケン)さんはまだ元気なので足の裏を触る事が出来ました。
    アメリカ生まれなのは大人になって知りましたが、大昔、変な人形!と思っていました。
    多くの人が足をくすぐるのでこんな顔になったんだと、最近気が付きました。

    「BIGMANゲート」には人物名の表示が無いんです。私は最初、ハンフリー・ボガードかと思いました。
    「下の方にマーカーで、チャップリンと書いたらどうですか?」と言って、スタッフさんから大笑いを頂きました
    2018年12月18日 18:09
  • アルクノ

    ekoさんも、ビリケンさんは大阪生まれだと思っていましたか。
    とてもアメリカ生まれだなんて思えない、スタイルと顔ですからね。
    松尾稲荷神社に座っているのが日本最古なんです。
    かなりお爺さんですけど^^)
    中国のビリケンさんは分りますが、イギリスやドイツにも。
    これは知らない人が多いでしょうね。

    高田屋嘉兵衛さんは兵庫の英雄なんです。
    私は地元なので小学校で教わりました。

    北前千石船の復元模型は人間国宝さんが作った遺品の一つで、細かい所まで精巧に出来ていました。
    これも日本遺産にして欲しい位です。
    実物は30mですから、そんなに大きな船じゃ無いですね。
    途中停泊しながら、北海道まで大変な航海だったと思います。

    歴史に興味があるのか大阪から来られた方が数名居ました。
    勉強しながら、ぺちゃくちゃ喋りながら行けるので楽しかったです。
    また機会があれば紹介しますので。
    2018年12月18日 18:38
  • すーちん

    こんばんは
    ビリケンさんアメリカ
    生まれとは(@_@)
    何処かでナデナデした
    覚えあります^^
    2018年12月18日 22:13
  • ルーシーママ

    ビリケンさん 
    日本生まれと思ってました
    アメリカ生まれだったのですね
    現在のビリケンさんはニコニコ顔
    元祖ビリケンさんとは
    ちょっと違いますね
    北方領土問題 是非嘉兵衛さんに
    お任せしたかったですね
    有利に事が運びますよ きっと
    ウォーキングお疲れさまでした
    次回のウォーキングも楽しみですね
    2018年12月18日 23:13
  • ゴンマック

    ビリケンさんは神様をモデルに作られ
    アメリカ生まれなんですね。知らなかったです。
    世界的に流行したとも、可愛いお顔なので
    皆に親しまれているのでしょうね。
    北前千石船の復元模型は素晴らしいですねトマトさんに感謝ですね。
    2018年12月19日 03:40
  • アルクノ

    すーちんさん、おはようございます。
    パッと見、アメリカ人には見えないビリケンさんですからね。
    ナデナデした場所を出ると、通天閣が立っていませんでしか?
    圧倒的に有名なのが大阪ですから。
    調べると、千葉県流山市にもあるのでそれかも知れませんね。
    兵庫にある日本最古のビリケンさんは行列無しで触れますよ。
    2018年12月19日 08:00
  • アルクノ

    ルーシーママさんも、ビリケンさんを日本生まれだと思っていましたか。
    昭和のピリケン(実はビリケン)さんはニコニコ顔で、これが本来の姿みたいです。
    日本最古のビリケンさんは、年代不詳で大黒天風のデザインと加筆しました。
    右手に打ち出の小槌、左手に宝珠の珠を持って米俵の上に座っています。
    それでジャパンビリケンなんですね。
    和風を加味しているみたいです。

    北方領土問題、難しいみたいですが嘉兵衛さんならどうするのかと想像してみました。
    巧く解決して欲しいです。
    今回、楽なウォーキングで楽しめるものでした。
    次回は3月の和田岬砲台なので、それまでに何か見繕ってみます
    2018年12月19日 08:07
  • アルクノ

    ゴンマックさん、ビリケンさんは尖った頭と吊り上がった目が特徴の子供の姿をしている幸運の神の像とあります。幸運を呼ぶ神様なので神社に祀られるようになったみたいです。
    松尾稲荷神社にあるビリケンさんは、大正初期(年代不詳)に神戸の元町にあった洋食店(店名不明)の前に置かれていたものを、引き取ったそうです。
    これを考案したフローレンス・プレッツさんは女性で、少女の頃から日本を夢見ていて色々な日本の事物についてスケッチを描いてきたとか、自分の前世は日本人であったに違いない、とまで語っているそうです(ウィキ引用)。
    それでこの像が日本にやって来て、日本人に愛されるようになったのかも知れませんね。
    極東ロシアでは、時として自身の民族の伝統の神として祀られるほどの人気を得ているそうで、それも頷ける事象です。

    北前千石船の復元模型は圧倒的な実物感があります。
    質感や、細かな細工迄、人間国宝さんだからできたんだと思いました。

    今回の事、トマトさんにで、次回3月の和田岬の砲台も楽しみです。
    2018年12月19日 08:34
  • ジュン

    しっかり拝読しました
    素敵に文章が・・・
    私には書けません
    毎回の力作ただただ驚くばかりです
    ビリケンさん
    大阪人かとアメリカ生まれなんですね
    トマトさんに出会えて良かったですね
    2018年12月19日 15:19
  • アルクノ

    ジュンさん、この様な長文記事に目を通して頂きありがとうございます。
    兵庫区の「SENDENMAN」として、小さいながら力を入れてみました
    高田屋嘉兵衛の事と、歩いたルート上の事が大体分るかな?と思います。
    この後7日にルミナリエの撮影、15日は篠山での懇親会があり、書き終えるまで日数がかかってしまいました。
    「ビリケンさんは大阪生まれ」と思っている方、結構多いです。
    アメリカ生まれである事と、神戸には戦前のビリケンさんが居る事を暴露しました。
    大阪生まれと思っていた大阪人にとって、ショックが大きいです^^;

    トマトさんとの鉢合わせがあって、今回に繋がりました。
    私のPCとのメールのやり取りがあるので、そっちで繋がったかもしれませんが。
    このシリーズ、3月もあるので私も楽しみにしています。

    次回投稿のルミナリエは年末近くになる予定です。
    皆さん忙しいでしょうし、多分コメント欄を閉じる事になります。
    来年もジュンさんの素敵な写真を楽しみにしています。
    今年1年間ご覧頂き、ありがとうございました
    2018年12月19日 16:48
  • yasuhiko

    さすが歴史ある港町。
    神戸港の歴史は、江戸時代はおろか、
    古代の「兵庫の津」に遡る訳ですから、
    関東とは違います。同じ港町でも、
    横浜港の歴史は幕末以降ですからね。
    高田屋嘉兵衛の足跡を辿る歴史散策の
    コースは素晴らしいと思いました。
    最後に登場した北前千石船の模型には
    びっくり。模型と言いながら
    素晴らしい出来で、かつて物資輸送の
    主力だった雄姿が偲ばれる気がしました。
    2018年12月19日 20:54
  • つむぎ

    こんばんは~
    三宮・元町・神戸は、ただ歩く
    事はしていますが、歴史は全くと
    言って知らない事ばかりでした。
    ビリケンさんもしかりでした。
    祇王さんのお墓ははやり、京都でしょうね。
    三宮神社のある場所は知っていましたが
    由緒までは知りませんでした。
    拝読していて、そうなんだの思い
    ばかりでした。
    いつもありがとうございます。
    2018年12月19日 21:57
  • アルクノ

    yasuhikoさん、久し振りに、歩きながら地元の歴史を勉強しました。
    子供の頃、社会や歴史が嫌で、ちっとも覚えられなかった。
    この様に、実地検分しながら教えてもらうと好きになったのに!と思います。
    兵庫津の歴史がこのようになっている事を知ったのは、かなりの大人になってからでした^^;
    高田屋嘉兵衛については、地元の小学校で教わっていたので知ってはいましたが、北前千石船の10分の1模型を見たのは初めてです。
    見て、触って、凄い!の一言です。
    私の手作り作品を投稿するのが恥ずかしくなります^^;
    実物大を造って頂いて、帆布に風を受けて航行している姿を見てみたいです。

    2018年12月19日 22:03
  • アルクノ

    つむぎさん、こんばんは〜
    三宮・元町・神戸と歩いておられるようで、一宮~八宮もお勧めコースですよ
    昭和5年のピリケン(実はビリケン)さんは知っていましたが、日本最古のJAPANビリケンは初めてです。
    かなりのお爺さんみたいです^^)
    >「祇王さんのお墓ははやり、京都でしょうね。」
    私もそう思います。

    このような街歩きで、歴史を教わるようになったのは退職してからなんです。
    仕事をしている時はそんな余裕無かったですから。
    でも、こうして色んな事を教わると、なんか得した気分になります。
    それを、皆さんにおすそ分けしたくて、長文記事を書いています。
    気楽に、楽しんでくださいね。

    2018年12月19日 22:23
  • 詩音連音

    アルクノさん(^^)
    おはようございます(^^)
    どうもご無沙汰しておりました
    ワタシのブログは著作権の絡みで、休んでる間に非公開になってしまいました。パソコンも新しくなりメールも読めないのでどうしたものかと悩んでおります(^^;)

    さてさて、ビリケンさん、こういういわれがあったのですねぇ~。

    >ビリケンさんは米国生まれ
    大阪、神戸に訪れた時に姿、形は見ましたが、なんか「仙台四郎」さんのように人ではないのかしら???とも思ったり(笑)でも、人だったんですね。

    朝は忙しい(笑)またゆっくりお邪魔しますねぇ
    2018年12月20日 08:26
  • アルクノ

    詩音連音さん、おはようございます。
    著作権の絡みで、休んでる間にブログが非公開にですか。
    新たに入会し直して、一から始められてはどうでしょう
    そういう方もおられますよ。
    PCを買い替えた時、私の個人メールはヤフーメールに移動して、相手のアドレスはまるごと引越ししました。

    ビリケンさんの氏素性を御存じない方が多いです。
    私が広報活動をしています^^。
    「仙台四郎」さんのような人ですか!
    新たな説ですね。
    「ビリケンさんは尖った頭と吊り上がった目が特徴の子供の姿をしている幸運の神の像とあります。幸運を呼ぶ神様なので神社に祀られるようになったみたいです。」
    とあり、これが正しい説みたいですよ♪
    またお立ち寄りくださいね♪
    2018年12月20日 09:21
  • yoppy702

    兵庫津は、アルクノさんの記事を見て、プチ散策をした事がありますが、その時の大きな目的は、海鮮丼でした。(^^ゞ
    マスコットのハートンくん、可愛いいですね。
    この水門は、大輪田橋のところから撮った写真ですね。
    ボクも、何枚も撮ってます。(^^ゞ

    高田屋嘉兵衛の事を知ったのは35年程前に、淡路島へ行った時でした。
    何か、超有名人のようでしたけど、これ誰?でした。
    教科書には載っていたんでしょうけど記憶には全く無かった。(^^ゞ
    「兵庫津で船乗りとなる。」といっても、単なる乗組員だったのでは?という推測ですが、「後に廻船商人となった」というのが興味ありますね。
    何が、彼をそう変えた?(^^ゞ
    その後、名字帯刀まで許されるようになる。
    こうなると、確かに、淡路島では超有名人。(^^)

    ビリケンさんといえば、ボクの地元の新世界やと、ずーっと思っていたんですが、以前、神戸に日本最古のビリケンさんがあったと聞きチェックした記憶が事があります。
    新世界にルナパークが出来た時に、ビリケン堂に置かれていたが、ルナパークが閉鎖された時に、ビリケン像が行方不明になったと書かれていた記憶があります。
    一説では、ビリケンさんが全国を旅していたとか。(^^ゞ
    鎮守稲荷神社にあるのは、「ビ」でなく「ピ」なんですね。
    説明書きの後には、「ビ」を使っているので、アルクノさんの推察通り、その方が書き間違えたのか、聞き間違い、思い込み…
    ひょっとしたら、中国の得意技商法?(^^ゞ
    バチが中りそうの一言でした。
    ウィキペディアのフローレンス・プレッツの写真の下部には、“Creator of Billikins”とあるので、「ビ」なんでしょうね。

    次回の「ハートンと歩こう!ひょうごの道」もありそうですね。(^^)
    お疲れ様でした。(^^)
    2018年12月20日 10:28
  • 南天

    ビリケンさんも高田屋嘉兵衛も、なんとなく聞いたことはあっても、何かは知りませんでした。
    ビリケンさん、足の裏をくすぐるために、足がこちらをむいているって、いかにも、外国生まれっぽいですね。
    さすが、外国と交流があった年です。
    何かしら、雰囲気が違いますよね。
    歴史のことは、まだまだ知らないことだらけ。知ることは楽しいです。 

    2018年12月20日 10:46
  • アルクノ

    yoppyさんの海鮮丼レポ^^、
    覚えています。
    人気のハートンくん、大輪田橋の真ん中あたりですね。
    兵庫城跡に新たなモニュメントがあるので合わせての撮影ですが、記事にしていない^^;
    35年程前、淡路島へ行った事を覚えているのが凄いです!
    淡路の洲本では毎年夏に「高田屋嘉兵衛まつり」があり、歌って踊って花火大会まで行われます。
    神戸で、人の名前が付く祭りなんて無いですからね。
    高田屋嘉兵衛さん、兵庫津に出て一旗揚げよう、の心意気だったんでしょうね。
    役人になった訳ですから、金儲け術以上に人徳もあったのだと思います。
    兵庫区の小学校でも英雄視されていました。

    大阪のビリケンさん、ルナパークが閉鎖され、それ以降ビリケン像は行方不明が主流ですね。
    書き換えておきます。
    でも、未だに見つからないのが不思議?
    新世界じゃ、ビリケンさんが英雄ですから。
    神戸に戦前のものが2体もあるとなると、ショックでしょう。
    心中お察しします^^)
    鎮守稲荷神社にあるのが、何故「ビ」でなく「ピ」となったのか、スタッフとガイドさんに問い詰めましたが、「わからないんですよ~^^」でしたので、
    私が答えを出すしか無かった^^)
    普段、ビンをピンと言っていた
    姿かたちから、Billikenに間違いないです

    次回の「ハートンと歩こう!ひょうごの道」は、3月14日の和田砲台と兵庫七福神めぐりを予定しています。
    和田砲台は普段立ち入りできない所なので、楽しみです。
    2018年12月20日 13:38
  • アルクノ

    南天さん、私も社会に歴史が苦手でして、成績は下の方でした。
    退職後、この様な案内に参加するようになり、好きになっていきました。
    好きになると、ドンドンOK牧場に
    もし、今後ビリケンさんに出会ったら、足の裏をくすぐってあげて下さいね。
    身をよじって笑う事もあるそうです。
    (ウソです^^)
    鎖国が解けて以降、神戸港には色んなものが入ってきました。
    その中にビリケンさんも居たと思います。
    入国したビリケンさんをお手本に、大黒天風のビリケンも作られ、松尾稲荷神社にJAPANビリケンとして祀られているんです。
    アメリカ人もビックリだと思います。

    これからも、私が知った事をお伝えしたいです
    2018年12月20日 14:00
  • 小枝

    ビリケンさんの
    ご利益にあやかるには
    足の裏をくすぐって
    さしあげるのですか…
    いつか出会えました時のために
    おぼえておきます ^ ^
    2018年12月20日 16:43
  • アルクノ

    小枝さん、
    関東のビリケンで調べると↓
    12月20日の記事で、
    千葉・流山市の利根運河の福の神「ビリケンさん」。大正2年の建立で、地元でも知る人が少ない小さな石像にすぎなかった。しかし今春、流山市が祠(ほこら)に収め、お披露目式を行って間もなく、不心得者に壊されてしまった。・・・
    現在は“治療中”のビリケンさんに代わり、大阪から黄金のビリケンさんが贈られてピンチヒッターとして鎮座。足の裏をなでられ、「招福パワー」を参詣客に振りまいている。
    と、あります。
    「大阪から黄金のビリケン」とは、本文にある腹ごもりの「ビリ金」でしょうか!
    是非、足の裏をくすぐって、
    確かめてみてください^^)
    2018年12月20日 17:09
  • はるる

    いいウォーキングでしたね。
    ビリケンさん、聞いたことあるように思ったのですが、知らないことばかりでした。
    普段見られないものを、こういうことに参加されたために見られたのはよかったですね。
    私みたいな頭には難しい歴史のなかの人物、案内のボランティアさん、それにいつもよくお調べになって、すばらしい内容です。
    最後はやはりビールで乾杯ですね。
    次回も参加予定、たくさんの方が一緒だといいですね。
    2018年12月20日 19:09
  • アルクノ

    はるるさん、今回はブラブラ歩きの楽しいウォーキングでした。
    ビリケンさんについては、大阪発の情報が全国に広がっていると思います。
    ところが、神戸にもある事を知らない人が多いです。
    大阪は通天閣に置いているので、観光客の多くが目にすることになります。
    神戸はそれに対抗して、ポートタワーに設置すればいいと思うんですけどね。
    西出町のピリケン(実はビリケン)さんの足の裏をくすぐったのは初めてです!
    私も歴史が苦手で、
    学校での成績は下の方でした^^;
    でも、こうして実際に見て、教えてもらうと、楽しくなるんです。
    教科書以外での勉強は楽しいです
    それを皆さんに知って欲しくて、色々調べてみました。

    〆は、トマトさんと久し振りのビールでした
    次回は、参加人数を増やしたいと思っていますが、どうなりますか。
    ご期待ください
    2018年12月20日 19:42
  • 薩摩節

    平家は大いに興味あり・・先月広島行き予定してましたが、行けなくなり・・・・
    日本遺産、現在我が地も申請に加わる予定です。鹿児島に残っている麓「武家屋敷群」の物語で・・
    2018年12月20日 20:04
  • アルクノ

    薩摩節さん、コメントありがとうございます。
    私もNHKで「平清盛」が放映された時、平家にかじりついていました。
    鹿児島に残っている「武家屋敷群」が日本遺産申請ですか。
    頑張って下さい。
    陰ながら、応援しています!
    2018年12月20日 20:21
  • ベティーちゃん

    こんにちわ~♪
    ピリケンさんでなくビリケンさんですか。
    通天閣のピリケンさんしか知りませんでした。
    アメリカ人が制作したんですね。
    人種不明の感がありましたが納得です。
    足の裏をくすぐるなんてお笑いの大阪らしい
    神様と思っていましたが世界中に有るとは
    吃驚です。
    瀬戸内に沿った街道は歴史の宝庫ですね。

    2018年12月21日 14:43
  • みっちゃん

    こんにちは。
    歴史を巡る旅も昔を偲ばれていいですね!
    ビリケンさんのことは何も知らなくて天王寺だけかと思っていました。
    ケイタイを携帯していないのには笑ってしまいました。
    十数年前ですが携帯は持っていなくて、新大阪で娘たちと待ち合わせ場所が違っていて探してくれてやっと会えたことがありました。
    それから携帯は必要と思って買いました。
    PCが有るので未だにガラゲーですが使用料金が安くていいです!
    帰りの一杯、何時も美味しそうです
    2018年12月21日 15:46
  • アルクノ

    ベティーちゃん、こんにちわ〜♪
    西出町の鎮守稲荷神社のものがピリケンになった理由が良く解りませんが、アメリカではビリケンさんなんです。
    通天閣のも、昔からビリケンさんなんですよ。
    1908年10月6日にアメリカ合衆国のフローレンス・プレッツが7年間有効のデザイン特許を取得したとあります。
    日本には明治末年に輸入され、お守りやマスコットとして流行したそうで、特許料を払っていたのでしょうね。
    その特許に触れないよう、東出町の松尾稲荷神社にあるビリケンさんは顔も形も変えて大黒天風のデザインにしているのかも知れません。
    お笑いの大阪にピッタシのくすぐり作戦ですが、アメリカ・セントルイス大学にもビリケン像があるんです。イギリスやドイツには特許料取得で販路を広げたのかも。
    神社の神様は神戸の特色かも^^)
    これで「神」が三つ並びました^^)
    神戸の兵庫区は歴史満載デス
    2018年12月21日 15:51
  • アルクノ

    みっちゃん、こんにちは。
    住んでいる北区から兵庫区へ3時間弱の楽しい旅をしてきました。
    歴史の勉強があり、珍しいものも見せて貰って、触らせて貰って言う事無しデス!
    大阪通天閣のビリケンさんが有名ですが、神戸にもありますし、調べると関東にもありました。
    中国地方のビリケンで調べると、
    神癒ビリケン倶楽部「神癒 新広島店」が出てきました。風水とくっつけて占いとグッズ販売会社でした^^;
    「ビリケン通販 広島占い真我占い館」もあり、広島で流行っているみたいですよ。

    「ケイタイを携帯していない」で盛り上がったみたいですね^^)
    待ち合わせ場所でのすれ違いで、ケイタイを持つようになりましたか。
    フムフムです。
    私達は出かける事が多いので、各人の最寄り駅の発車時刻に乗り替え駅、乗り替え駅からの行先と時刻などを詳細にメールで連絡し、先頭車両に乗車とかして、電車内で会うようにしています。
    駅集合の場合は、何時何分、電鉄名、駅名、西改札口、などとすれば大丈夫です。
    それでも、Aさんが来ていない場合は、Bさんのケイタイで電話します
    ガラケー持たないといけません^^;

    最後は満足の一杯!
    私は二杯でした^^)
    2018年12月21日 16:54
  • デミ

    ご無沙汰しましたぁ~
    高田さんのおかげで(ジャパネットじゃないでしゅねっ)京の食文化や大阪の食文化も影響を受けたようでしゅねっ
    あっちの高田さんも、こっちの高田さんも金儲けがお上手でしゅねっ
    高田さんもでしゅがぁ~・・・やっぱぁ~ビリケンさんが興味深いでしゅねっ・・
    お気に入りでしゅ…ナイス!…☆
    2018年12月21日 17:34
  • アルクノ

    デミさん、超久し振り~デシュ!
    お元気でしたか?
    ジャパネットじゃない、高田さんのおかげで京や大阪が美味しくなりました~!
    今じゃ、船だと時間かかるので飛行機利用のジャパネットで金儲けです。
    ビリケンさんがお気に入りですか。
    日本最古の大黒天風JAPANビリケンの足の裏くすぐってくだシャイ。
    またしても、大量の気持ち玉!
    他の方にも分けて上げてくだシャイ
    2018年12月21日 18:16
  • TAMO

    こんばんは。
    いつもご訪問が遅れてすいません~
    ビリケン様ってよく話は聞くんですが、
    こんな詳しく聞くのは初めてでした。
    写真でも、なんか手を合わせてしまいますね。
    愛嬌あるお顔が素敵♪
    2018年12月22日 18:24
  • アルクノ

    TAMOさん、こんばんは。
    ビリケンさんのお話し、北海道にも届いていますか。
    写真の足の裏をくすぐってあげて下さい
    ビリケンさんの笑顔が、更に笑っているように見えます。
    そうなると、
    願いが叶います(多分^^)。
    北海道で調べると、釧路に世界のビールが飲める店「ビリケン」がありました!
    2018年12月22日 18:53
  • ミクミティ

    ビリケンさん、高田屋嘉兵衛の歴史、それぞれ参考になります。平清盛の足跡も残るこの地を散策するのは楽しそうですね。充実のルートだと思いました。
    兵庫津や北前船のことが、日本遺産に認定され人々の記憶にずっと残っていくきっかけになるのでしょうね。
    2018年12月24日 10:58
  • アルクノ

    ミクミティさん、連続コメントをありがとうございます。
    ビリケンさんが二体も神戸にある事を最近知りました。
    大阪独自の物と思っている方が多いみたいで、その概念は脆くも崩れ去りました
    高田屋嘉兵衛と平清盛ゆかりの地は以前から知っていましたが、今回まとめて分かり易く案内してくれたと思います。
    高田屋嘉兵衛は地元の英雄でして、この幟がさらに認識を新たにさせてくれます。
    平清盛に繋げた、兵庫津の道を案内するウォーキングは以前からあって、大河ドラマの放送後人気が定着しているみたいです。
    また来年、違うコースを紹介しますのでご期待ください
    2018年12月24日 12:13
  • たかたん

    あの水門は過去に私もウォーキングで尋ねた記憶が有りますが、いつだったかな。
    写真に残してはいないのでわかりません。
    携帯で撮影していたら、更新時移行してないので消えてしまっていますね。SDに残っているかもで探してみようかな。
    今年もあと少し、健康で新年を。
    2018年12月26日 09:08
  • アルクノ

    たかたんさん、私は撮影した写真データは、帰宅後PCに移動して年月日とタイトルを付けています。
    ブログ投稿時に縮小しているので、HDにとってさほど負担になっていないなぁ~。
    新川運河の大輪田水門は地下鉄中央市場駅から直ぐですから、このコースもチョチョイで歩けるし、また撮影にいらっしゃ~い
    年賀状まだ書いていません^^;
    今年もあと5日、健康Upでよいお年を。
    2018年12月26日 13:17
  • 降魔成道

    高田屋嘉兵衛は司馬遼太郎の小説「菜の花の沖」で知り、私が北前船に関心を持つきっかけとなった人物です。
    日本遺産「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~」が秋田市を含む11市町で認定されて、秋田でも様々なイベントが行われて盛り上がっています。
    高田屋嘉兵衛に関する日本遺産も新たに認定されたのは喜ばしい限りですね。高田屋嘉兵衛は北前船船主の枠を越えて、ゴローニン事件などの日露交渉の最先端で働いたことにも私は強く関心を持っています。高田屋嘉兵衛ゆかりの地を巡ってみるのも楽しいでしょうね。
    ビリケンさんは関東で生まれ育った私には馴染みが薄いです。大阪の通天閣で見たことがあるくらいですかね。でも調べてみるのも楽しそうですね。
    2019年01月29日 20:24
  • アルクノ

    降魔成道さん、昨年の記事へもコメントをありがとうございます。
    高田屋嘉兵衛の事は、私なんかより良くご存じではと思っていました。
    詳細に教えて頂き、感謝です。
    新たに日本遺産に認定されたので、巡ってみたという事なんです。
    秋田でも、そうなんですね。
    北方領土の日露交渉で蘇って欲しいと願う、高田屋嘉兵衛さんです。

    私も以前は、大阪生まれのビリケンと思っていました。
    日本最古のビリケンが神戸に存在している事を最近知りました。
    大黒天風のデザインで、ユーモアも感じます。
    この辺りの探索、
    またしてみたいと思っています
    2019年01月29日 22:40

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「アルクノのブログ」で2018年を振り返る(2019.01.02)
Excerpt:      新年、あけましておめでとうございます
Weblog: アルクノのブログ
Tracked: 2019-01-02 21:35

神戸三社参りと新湊川(2019.01.02)
Excerpt: 1月2日、初詣にかこつけて単独でウォーキングを実施した。 地域の歴史解説を交え、経路の説明をしていきます。 かなり長いので、ご注意ください^^;
Weblog: アルクノのブログ
Tracked: 2019-01-14 07:57